静岡市文化・クリエイティブ産業振興センター(CCC)

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Creative NOW自己の観察

〜アートとアートプロジェクト〜

CCC HUB登録クリエーター 都築 透

私が初めてアートに触れたのはゼロ年代後半です。当時は国内のアートプロジェクト(以下AP)の規模が全盛期を迎えようとしており、私はそのような環境下でアートを学びました。
ここでのアートとは、現代社会を背景とした今日的な芸術表現であるコンテンポラリーアートを指しています。そしてAPは道路や公園といった、ホワイトキューブ(※1)の外の日常的な公共空間に可能性を見出す取り組みとして、用語としては80年代頃から日本に浸透してきたと聞きます。
APが具現化してきたような、まるで社会そのものを表現の舞台とする姿勢を、私はアートの真っ当な姿として受け入れることができました。そして自らAPに加担する中でそれを内面化し、自身の表現や思考の原点としてきました。
なぜアートが必要かと問われることがありますが、私は単純に自分が見たことのない、そして見たいと思い描く理想を造形しています。かつて、学校で好きだった科目は図画工作を除けば理科の実験でした。想像を超えた現象にワクワクしたからです。なので大学を卒業後はコンピューターサイエンスとアートの融合を研究する大学院(※2)で修士を取ることを選びました。するともしかしたら私の表現は、所詮実験の域を出ないと捉えられるかもしれません。しかしアート作品とは、そのような作者のオーセンティシティをアートの文脈や歴史と結びつけ語られるべきものと考えていて、したがって私はそのことに情熱をかけています。
経済的な成功は保証されませんが、私は人生は単なる投資ではなく、想像で何かを作り出せることは人として大切なことだと思います。私は物心ついてから電気に頼る生活をしてきましたが、いつからか電気がなければ食欲も満たせなくなってしまいました。こうして自らの手で実存的なものを作り続けていけることは人生の達成課題のひとつであり、私にとってそれがアートといえます。

2021年は掛川市にて「原泉アートデイズ!」(※3)の参加アーティストであると同時にAPのマネジメントをしました。そして私はこれまで以上に、APやアートはより良い社会のために何ができるのかを考える機会を得ました。
まずアーティストにとって発表の場はインセンティブのひとつになります。またアートにとってAPは、メタバースが台頭するまでは都市空間に対する唯一のオルタナティブでした。そして社会にとってアートは人々の想像を広げるきっかけとして、APは複雑な社会問題へのアプローチのひとつと語られることがあります。
比較的小規模な地域のAPを例にすると、原泉では、来訪者であるアーティストが自身の目的である展示のため空き施設や放棄地を再生し、一方で地域住民は制作に必要な知恵と材料を提供する、といった光景が見られました。既に彼らは互いに地域の当事者として相互扶助の関係を築き、地域への関心を高め合う存在にまでなりつつあるようです。このようにAPは、単純な宣伝効果や景観といった目に見えるかたちに限らず、明日の人々の動因や考え方を変える有効的な手段になり得るようです。

いま、世界はコロナで打撃を受けており、こうした背景からも社会の崩壊への備えとしてグローカルな視点には意味があると思います。地域での活動は、その共同社会に簡単な金銭や生産に代えられない価値があることを実感できます。今日の芸術祭のようなAPの大成は、アートにそれを表現する力があることを期待されているからではないでしょうか。
私はこれまでにAPを通じ多くを学びました。それは、私がAPに関与し続ける理由のひとつです。一人のアーティストとして、アトリエの外へ目を向けることは、ギャラリーでアートを試みることと同等に価値があると考えています。

※このコーナーは個人の見解リポートです。

アーティスト/CCC HUB登録クリエーター 都築透

※1ホワイトキューブ:ギャラリーをはじめとしたニュートラルな展示空間
※2情報科学芸術大学院大学(Institute of Advanced Media Arts and Sciences)
※3原泉(はらいずみ)アートデイズ!:2018年より掛川市原泉地区で毎年10月に開催されているプロジェクト型の展覧会

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